<地下7階・おまけ>

魔女とその夫を見送ってから、ラムセスはやれやれといったように一息ついた。
客人夫妻の前で何十度となく姉と交わったせいで、男根は石になったように感覚が鈍い。
陰嚢は、とうの昔に空っぽになるまで搾り取られた。相変わらず、姉の性行為は激しい。
終わるころには、夫のほうはいつも息絶え絶えだ。
もっとも、ラムセスにまったく不満はない。
むしろ自分に倍の精力があれば倍の時間を姉と楽しめるのに、と生前から思ってやまなかった。
王妃は満足げに伸びを一つすると、
「では、また眠りにつくとするか」と声をかけた。
ラムセスはうなずいたが、姉が自分の棺に向かわなかったので小首をかしげた。
「―姉上、そちらは私の棺ですが?」
「たまにはいっしょに眠ろう。添寝はいやか?」
「そんなことはありません!」
あわてて否定する。姉と同じ棺で眠る―これ以上の幸福があるものか。
ふと、幼子の時に、姉が語る御伽噺で夜ふかしした日々を思い出した。
早熟な姉は、神殿に上がる前の年齢からひどく積極的で、あの頃から弟はよいおもちゃにされっぱなしだったが。
「まあ、今回の眠りは短かろう。百年もすれば、またあの二人に起こされるであろうな」
「それはまた性急な」
死者の時間間隔は長い。添寝してもらえるなら、もっと長いほうがいいのにな、と思った。
「魔女の夫は、<魔女の杖>にご執心だ。いずれ、ここにも探しにくるだろう。
たしか、お前も何本か持っていたはずじゃな」
「ああ、あれですか。確かにありますな」
棺の中からつながる魔法の宝物庫のどこにしまったか、すぐには思い出せなかった。
扱いがぞんざいなのは、男根を増やすという魔力に、ラムセスがあまり魅力を感じなかったせいだ。
姉の身体は、道具を何も使わず自分の身体だけで接するのが一番と思っている。
「今度来たら、一本くれてやれ」
「たくさんありますが、一本だけでよろしいので?」
ラムセスと同じく、ネフェル王妃も物惜しみをする性格ではない。
敵国をひとつ滅ぼすたびに一本ずつ手に入れた貴重な魔品に対してもそれは同じはずだ。
それが二人にとってあまり意味のない品なら、なおさらである。
しかし、王妃は首を振った。思慮が足りない、と言わんばかりに弟を睨む。
「―お前、あの魔女に恨まれたいのかえ?」
「恨まれますか?」
それは、怖い。一目見ただけだが、あの女性が自分や姉よりも強力な存在であることはわかる。
もっとも、力の強弱にかかわらず、ラムセスにとって「怒らせたくない人物」の筆頭は姉であることは変わりない。
魔女への恐怖よりも、目の前の姉の不機嫌をおそれて、ラムセスは教えを乞うた。
「―魔女は、「楽しい新婚旅行」をなるべく長く引き伸ばすつもりじゃ。
そうさな、魔女の杖の収集も含めてざっと二、三千年くらいは」
「それはそれは―」
「それなのに、お前があっさり三十本も渡したら、魔女からどう思われる?」
「余計なことをした、と恨まれましょうな」
「そういうことじゃ。魔女は、ここに杖が何本もあることくらいお見通しじゃ。
―というより、その気になれば千本でも万本でも、あっという間に集めることができる女じゃぞ?」
「なるほど」
「一本だけにしておけ。せいぜいもったいぶってくれてやれば、
あの夫のほうは大喜びだろうし、それを見て魔女のほうも喜ぶ。―われら夫婦からの新婚祝いじゃ」
「承知しました」
百年を経た夫婦が新婚と呼べるのかどうかは疑問だったが、ラムセスはそれを口に出さなかった。
―姉が数千年たっても新妻を自称していることを思い出したからだ。
「さ、もう寝るぞ。はよう来い」
「はい、姉上」
ラムセスは至福の表情で姉に続いた。
石棺の蓋が閉まった。ピラミッドの最深部に沈黙が戻った。
ラムセス王の石棺の中から、なにやら男女がいちゃついているような声が、長く長く聞こえ続けた。
―二人は棺の中で、百年くらいは眠らなずに過ごすかもしれない。